僕の仕事はお客様の髪を切り、染めて動かして365日の日々を楽しく過ごしてもらう事である
自分がお客様の前に出ようという気持ちはない
鏡越しに自分のヘアスタイルをチェックするくらい前傾姿勢になる事はない
ただ、お客様が喜んでくれたらそれでいい
先日、こんな企画を目にした。
「髪」と「変化」にまつわるエピソード
四季折々、人生の節目に髪に変化を加えるオーダーをいただく事は確かにある
10数年、この仕事を続けてきてそんな「髪」と「変化」にまつわるエピソードにどういうものがあったのか思い返してみた。
まだ独立して数年も経っていない頃、
転勤の為に他県に引っ越していかれたお客様が
大きなキャリーケースを持って、久しぶりに来店してくださった
聞けば、また別の場所へ引っ越すのだが
近くまで来たので立ち寄るついでに髪を切りに来てくれたとのこと
ありがたい事である
「今度はどちらに行かれるのですか?」
会話の流れから自然とそんな質問をした
『遠いところに行くんです』
ハッキリとした場所を答えてくれた訳ではないのと、来店いただいていた頃は冗談を言う方では無かったので(あまり深く聞いてほしくないことなのだろう…)
と
「そうなのですね」
それ以上の事を聞く事はやめて
新天地に向けて髪をサッパリと仕上げさせていただいて終了。
お会計が終わったあと
『少し用事があるので荷物を預かってもらえませんか?』
大きなキャリーケースを持ったままウロウロとするのは確かに不便である
「いいですよ、お預かりします」
お見送りしてキャリーケースを店の端に寄せてお預かりする事になった。
そして数時間が経ち
閉店時間となった
受け取りに来られなかったのである。
ヘアピンやピアス、ヘアアクセなどの忘れ物は
普段、よくある事でもある
キャリーケース。
初めての経験だ。
テレビ的な表現をすると、子供から小柄な女性なら1人入るぐらいの大きさはあるキャリーケースである。
一先ず、お聞きしていた携帯の電話番号にかけてみる
(オカケニナッタデンワバンゴウハ ゲンザイオツナギデキマセン デンパノトドカナイバショニオラレルカ デンゲ…)
受話器の【切】ボタンを押してしばらく考えた
このまま受け取りに来るまで待つか…
しかし、もうすっかり夜である
果たして用事とは何だったのか…
そういえば[遠いところ]とはどこなのか…
僕の豊かな想像力が不安を掻き立てる…
仮に、帰ってしまった後に受け取りに来られる可能性もある
かと言って、キャリーケースを外に放置して帰るわけにもいかない
結局、そのあと1時間ほど待ってみたものの
このまま家に帰っても不安な気持ちは拭えないと考え、近くの交番に連絡する事に
落し物では無いけれど、万が一の事を考えて
交番で預かってもらう事にした。
もし夜間に受け取りに来られたとしても分かりやすいようにと店のドアに伝言と交番の電話番号を書いて張り紙をした。
間も無くパトカーがやって来て警官が2人
キャリーケースの確認にやって来た
僕は中身の確認に立ち会わなければならなかった
預かっていたものでもあったので、気分は乗らなかったがそうしないと交番で預かってもらう事も出来ない
慣れた手つきで中身を確認する2人の後ろでその作業が終わるのをただただ待っていた
書類にサインをした後、キャリーケースを預かった方の警官が
『最後に立ち寄ったのかなぁ』
意味深な一言を残して交番へ帰っていった
おかげでなかなか寝付けない夜を過ごした
一夜明けて
次の朝、店について張り紙を剥がす。
掃除をしながらもキャリーケースを預かったお客様の事が頭から離れません
そして開店時間、1人目のお客様が来られました
入って来たのは昨日のお客様でした。
どうやら、用事を済ませた後にここまで戻って来る足が無く、連絡しようにも携帯のバッテリーも切れ、途方に暮れたまま一夜を過ごして
ようやく戻ってこられたとの事。
なんたる重なる不運
なんたる僕の想像力
交番に荷物を預けた事をお伝えすると笑いながら引き取りに向かわれました
僕は苦笑い
こうしてお客様は新天地へ。
僕はこの日以降、ご来店中以外に荷物をお預かりする事はやめました
☞to be continued
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